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【アラベスク】  第9章 蜜蜂



第1節 選民 [2]




 二年ほど前から、浜島が切々と訴えてきた要望。それがようやく受け入れられようとしている。だが――――
「むしろ、こちらから現状をお伺いしたいですわね」
 似内は、胸元で両腕を組み、大した身長差のない相手を見つめた。
「五月に理事長がおっしゃった内容、お忘れではないでしょう?」
「えぇ」
「でしたら、話は早いですわね。理事長から出された課題を、クリアすればよいだけですもの」
 唐渓高校を全寮制にしたい。だがそのためには、寮を建てなければならない。
 当たり前だ。寮がなければ、学生を寮生活させることなどできない。
 いくら唐渓高校が裕福な私立高校で、煌びやかな社会的地位を所持する保護者や卒業生からの恩恵も受けているとは言っても、全校生徒分の寮と、その敷地を瞬時に用意できるほどの財力はない。
 しかも浜島は、高校だけではなく、唐渓中学の方も同時期に全寮制度を導入したいと提案している。
 寮制度の目的を考えると、学校からあまり離れていては意味がない。だが高校も中学も、周囲はそれなりに住宅やら商業施設で埋められており、それだけでも敷地の確保は困難を極める。
 全寮制度。その目的とは――――
「今のままでは、たとえ理事長が許可したところで計画は何も進みませんわ。候補地や、せめて資金が確保されなくてはね」
 似内は笑う。それは決して下卑た笑みではない。むしろ晴れ晴れとしており、朗らかでもある。
目途(めど)がたちましたら、その時にはお知らせください」
 浜島に、言葉はない。
 そんな相手に少しだけ目を細め、背を向けようとして似内はふと足を止めた。
「それはそうと」
 そこで言葉を切り、曖昧に眉を寄せる。
「例の生徒を自宅謹慎にするよう理事長へ許可を求めてきたのは、浜島先生?」
「指示を出されたのは校長です」
「提言されたのは、浜島先生でしょう?」
 困ったような、まるで駄々っ子を宥めるような表情に、浜島は心内で舌を打つ。
「あの生徒は、昼休みに裏庭で下級生を殴り飛ばしたと聞きました」
「まぁ」
「それも一方的だとのこと。自宅謹慎は妥当な処分です。いっそのこと…」
 言葉に熱っぽさが漂い始める。己の冷静を保つべく、浜島はそこで口を閉じた。
 いっそのこと、退学にしてしまってもよいのではないか。
 あの生徒の事を考えると不愉快だ。なぜあのような生徒が、我が校に入り込んでしまったのか。
 大迫(おおさこ)美鶴(みつる)。アレは、このような学校に進学してくるような立場の人間ではないというのに。
 押し黙って視線を落す浜島へ向かって、似内が(おもむろ)に口を開く。
「事件を起こしたのでしたら仕方ありませんけど」
 そこで一度切り
「双方の言い分は、ちゃんとお聞きになったのですよね?」
「そのつもりです」
「一方加担は、教育者として有るまじき行為ですよ」
 サッと上がった浜島の視線と、似内のそれが交差する。
「何がおっしゃりたい?」
「大迫美鶴も、当校の生徒です」
 浜島の、眼鏡の奥から放たれる眼光。美鶴が嫌悪する視線を、似内は臆することなく見つめる。
「理事長が入学を認めた正当な存在です。そこのところをお忘れなく」
 何が正当な存在だ?
 そう口を開こうとし、いや、そんな質問は野暮だ。抗議を問い掛けにすり替えるなどといった姑息な態度は、この女性には通用しない。
 浜島は小さく深呼吸をし、一度大きく瞬いた。
「納得はできません」
「納得していないのは、浜島先生だけです」
「他の生徒の保護者も、理解はしておりません」
 眼鏡をズリ上げる。
「あの生徒は、当校には相応(ふさわ)しくない。唐渓の品格を下げるだけだ」
「下げていると判断されれば、理事長が処分を下します」
「あの生徒は二年にあがってから、二度も警察沙汰を起こしているのですよ」
「彼女の落ち度ではないと聞いています」
「トラブルを引き寄せているという事自体、問題です」







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